斎藤材-ネイチャーガイド

2015.04.03  Iターン
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群馬県最北端に位置するみなかみ町藤原地区は豊かな自然環境を活かした関東でも随一のアウトドアスポーツが盛んなエリア。ここにはスキーやラフティングといったレジャースポーツだけでなく、トレッキングやカヌー、スノーシューといった自然をより深く楽しむフィールドとしても恵まれた土地でです。このフィールドを最大限活かした事業を始めるためIターン移住したのが斎藤材(さいとうあきら)さんです。

斎藤さんは2009年7月に妻と子ども連れて藤原へ移住してきました。それまでは同じみなかみ町でも麓の地域にある会社でで3年間アウトドアガイドとして暮らしていましたが、よりフィールドに近い暮らしを求め藤原での生活を始めました。ネイチャーガイド『FANTAIL(ファンテイル)』起業後は大手旅行エージェントを通さずに自社のホームページからの予約が6割、他民宿からの紹介やクチコミで集客することで、小規模ながらも着実に評判を集めています。
自らの脚で開拓したコースで、その時々に見ることができる自然の表情を解説し一緒に驚きや感動をお客さんと共有するスタイルが人気のネイチャーガイドとして活躍しています。

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そんな「やりたいこと」を実現している斎藤さんですが、藤原に至るまでには大きな人生の転機がありました。まだ独身の会社員時代だった頃、仕事にも特に不満もなくこなしていた仕事や毎日顔を合わせる社員達、コンビニ弁当の食事といった生活に次第に不安を抱くようになります。与えられたことをただこなしている毎日、向上心もなく送る日々に「このままじゃダメだ」と思うようになったのです。
そこでまず転職を考え次の職場の内定をとったものの、根本的な解決にならないと自ら辞退し、頭で考え悩みぬいて悩み疲れ、考えることをやめて勢いだけで計画も持たずに単身ニュージーランドへ飛び込んだのです。空港についてから宿を探すところから始め、「How are you?」にすら答えられないほど英語はできなかった状態での渡航でした。

そこで味わったのが人生で初めて何をしても良い「自由」でした。明日から何をすべきかを与えられることもなく何をしても良い、全てを自分で決めなくてはならない状況に置かれてみると、逆に困ってしまって3日間ほど考え込んだとのこと。それからは目一杯ニュージーランドの環境を楽しもうとバックパッカーをしながらカヌー、トレッキング、フィッシングの日々を送ります。ニュージーランドでは街から外れたところでぽつんと一軒だけで生活する家を多く見かけ、都会ではない暮らし方とも出会いました。そしてビザの期限ギリギリまで滞在した後、帰りの空港での所持金はわずか2ドルとニュージーランド生活を満喫しきったのでした。
この旅で得た人生の教訓は「何をしてもいいんだ」と心から思えるようになったことでした。そして、自分が選んだ生き方をすることへの不安や恐れもなくなったとのことでした。

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帰国後は東京でフリーターとしてしばらく過ごした後に、たまたまみなかみ町での前職の求人と出会い移住してきます。3年間のガイドとしての会社員時代にアウトドアガイドとしての経営ノウハウを学び、独立にあたって選んだのが最も奥深い山の集落である藤原でした。
この地に越してくることで、仕事の面ではフィールドの天候を読みやすくなり、自分だけのコース開拓が可能になったメリットがありました。そして、個人的な生活の面では「遊び」のフィールドがより身近になったことが何よりも嬉しいと笑顔で話してくれました。朝子ども達が起きる前に写真を撮りに出掛けていって、朝食の時間に帰って来れることや家の窓からでも野鳥が見られること、お客さんには内緒の自分だけの秘密のルートを見つけたりと、これまで以上に自然の魅力を堪能しているのだそう。
冬の辛さは皆口を揃えて言ってしまうが、その分春の到来が心から嬉しく思えるようになったそうで、四季の移ろいをリアルに感じられる藤原での暮らしにすっかり魅了されているとのことでした。

育ち盛りの子どもを持つ親としても、人数が少ないことでいい面もあれば足りない面もあると感じるところもあるようですが、それ以上に一人の人間が育つ原体験としてこれだけ自然に囲まれた田舎暮らしがとてもいい影響を与えてくれると実感しているそうです。斎藤さん自身も兵庫県淡路島出身で、子どもの頃は兄弟達と一緒に海に潜っては貝や魚を捕まえる日々を送っていたそう。その原体験があったからこそ、迷い悩んだ時期があっても自ら異国の地に飛び込み新たな視点を見つけて今の暮らしを作って来られた経験から得られたものでした。

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藤原暮らしを始めて6年が経つ斎藤さんにこれからの藤原について伺ってみると、子どもが増えて欲しいので一家での移住者を増やしていきたい、そのために仕事を作っていきたいと語ってもらえました。斎藤さん自身、体力の衰えを感じ始めてからは、ガイドスタッフを雇用するように事業規模の拡大も検討中とのことで、他にも仕事を生み出してくれるような人が移住してくることで、それが雇用を生み、さらに移住者を呼ぶサイクルが生まれると考えています。
インターネット光回線と4G回線も繋がる通信インフラが整備された藤原地区は、現状でも多くの観光客が訪れる土地です。この環境をビジネスチャンスと捉え、事業を興せる人材を求めているので、近所の空き物件であればいつも紹介してくれると笑顔で話してくれました。

日々フィールドを開拓し続けている斎藤さんはまだまだ眠っている藤原の観光資源を掘り出すために、今日もカメラを抱えて野山に繰り出すのでした。