北山郁人-地域仕掛人

2015.04.03  Iターン
DSC_8822

冬の環境の厳しさから人口が減り続ける藤原ですが、この地を気に入り妻と子ども二人の家族を引き連れて移住してくる人もいます。Play Fujiwaraプロジェクトの仕掛人でもあり2009年4月にIターンしてきた北山郁人(いくと)さんは、ヨソモノの視点から掘り出した藤原の魅力発信を担うキーマンとして精力的に活動しています。

DSC_8747

愛知県出身の北山さんは以前は東京奥多摩のいなかで暮らしていました。奥多摩といえば東京都とはいえ十分田舎の土地でもありますが、藤原のほうが、四季の変化がはっきりしていて、外国のような自然のスケール感が気に入ったそうです。東京出身の妻・路加(みちか)さんは大のスキー好きもあって、存分にスキーのできる環境や、仕事や子育てのタイミングなども考え、終の住処を改めて探すようになりました。二人ともアウトドアが好きな夫婦は生活の場と遊びの場が近い場所を求めて、白神山地や岩手等で山間の移住先を探し回りました。その後縁あって関係を持ったここ藤原地区を移住先として選び移住を決意。都心へのアクセスの良さと利根川の源流という環境が決手となりました。
移住に向けて住む家を探していると丁度よいタイミングで住人が転出する茅葺き屋根の物件と巡り会い2008年の夏からセルフリノベーションを始めます。古民家でよくある問題で骨組みはしっかりしているのに、床下が長年の湿気で痛んでいたため床板を全て交換する等なかなかの改修作業となりました。東京から友人たちに助っ人に来てもらい、素人ではできない箇所は地元の大工さんにお願いすることで改修作業を完了させ、いよいよ2009年4月に藤原に引っ越して来たのです。友人達の手伝いがあったのも東京から約200kmという近さのおかげでしょう。また、地元の大工さんにお願いすることで、移住にむけての地域との繋がりも生まれていきました。

移住して来てしばらくすると、地域のお祭りの役を任されヨソモノでも地域の人達に受け入れられていきます。また、田舎で育ちすっかり「田舎の子ども」となった我が子達は毎日元気に外で遊び回るので、それがまた地域のおじいちゃんおばあちゃん達が喜んでくれるのでした。

DSC_8947DSC_9429

子育て世代の親としては、田舎でのびのび子育てしたいという想いと、田舎にいることで教育に問題はないのかという不安の両方を持ってしまうものです。ですが、北山夫妻は不安はないと考えています。全校生徒が16人しかいない小学校も、その分先生方が一人一人丁寧に教えてくれる環境です。近くに塾はないけれど藤原はインターネット環境が整っているので、勉強を補いたい部分があればタブレットを使った学習アプリで子ども達も楽しく勉強もできているとのこと。
そして、生活のまわりに残されている自然環境が何より子育ての場として貴重だと感じています。雪が降ればスキーシーズンの訪れとなり、学校の体育の授業はスキーとなり校庭や田んぼがのコース早変わり。おかげで藤原子ども達は皆スキーを上手に滑ることができます。通わせているスキー教室での練習帰りには、スキー場から自宅前の道路をスキーで滑って帰ってくることもあるのだそう。雪解けとなれば子ども達は自転車で地域を走り回り川遊びや外遊び楽しむそうで、そうして水の冷たさや、あるもので工夫して遊びを作る力を身につけていってると実感できるからです。

北山家では藤原の田舎環境は子ども達だけでなく、大人達にとっても魅力が一杯です。
アウトドア遊びが好きな北山さん夫婦は、日本百名山のうち5つある藤原の山を登り、子ども達が学校に行っている間に尾瀬トレッキングして帰ったり、冬の満月の夜にはスノーシューを履いて家族で雪原を歩いたりと、生活の身近なところに遊び場があることが嬉しいと目を輝かせます。スキー好きにとっても藤原の雪は新潟で湿った雪を下ろしてから降るためさらさらのパウダースノーが特徴で、最シーズンには手で握っても固めることもできないくらいの上等な雪質で楽しめます。

DSC_8839DSC_8771
DSC_8788DSC_8777

北海道と同じような平均気温でありながら、北海道よりも雪が降る厳しい冬も、裏を返せば夏場の涼しさは病み付きになるそうで、昨年は扇風機の出番がなかったとのこと!(もちろんクーラーいらず)
冬の寒さも家の中が暖かければ問題ないとのことで、毎年ちょっとずつ自宅古民家の防寒対策の改修は続けられ、いまでは薪ストーブ一つで暖をとれるまでになったそうです。
こうした田舎暮らしを最大限楽しみながらも、たまには都会に出ようというときに東京まで200km(練馬ICまでは150km)という近さでアクセスの良さもお気に入りでした。

北山さん一家が移住して来たのとほぼ同じ時期に藤原にはネイチャーガイドの斎藤さん一家もIターンとして移住してきました。偶然子どもが同い年ということもあり、いまでは家族ぐるみの付き合いをしています。北山家・斎藤家の子ども達が最後の学年となって通っていた保育園が現在は休園となってしまったのも今の北山さんの地域仕掛人としての活動のモチベーションに繋がっています。

2015年の4月から小学校開校以来初で新入生が0人となってしまいました。このままでは後3年は新入生がいない状況が続くため、北山さんは藤原に子ども達が増えるよう仕掛人として走り回る日々が続くのでした。

私のドリームプラン 2013年8月30日利根沼田ドリームプランプロジェクトより

ブログ 「スローライフ・イズ・ハードライフ~百姓見習い奮闘記~」

http://hyakushow.boy.jp/